最近自分の中で大きな気づきがありました。
うまく伝えられるかはわからないのですが
伝えてみようと思います。良かったら聞いてくださいね。
私は大切な人を知らず知らずのうちに
傷つけてしまう失敗をよくしました。
その傷つけてしまう原因が自分ではまったく気がつかないと言う
困ったものでした。
そういう現実を繰り返してしまい反省していると自分の存在自体が
あやうくなります。
そういう構造を持ち合わせた自分が
ときに怖くてしょうがありませんでした。
また失敗したらどうしようと思うと
何をどうすればよいのやらさっぱり前が見えなくなり
一個のパズルを失ったら すべてのピースも一気にぶっ飛んでしまって
今まで積み上げてきたものがガタガタと崩れてしまうという
極端なところがありました。
最近 やっと気づいたのです。
私は知らず知らずのうちに愛を計っていたのです。
自分では無意識的に相手を傷つけるような行動をとってしまっていたのは
無意識的に相手の愛の量を測っていたのです。
愛を確かめるために無意識的に傷つけるようなことをしていたことに
気がついたのです。
そういう確かめ方しか知らなかったのです。
まったく無意識でそれはいつも起こっていました。
そして起こってしまってから・・・またやってしまった
と自分を責めてばかりでした。
でも気づいたのです。
そういう愛の確かめ方はもうしなくていいことに。
私は愛する人を傷つけることで愛を確認することをやめて
私は愛する人との間で起こった問題を解決するためにはどのようにすればよいか
解決方法を探します。
二人にとって最善の方法を見つけます。
傷つけあうことで愛を確認することはもうしません。
そう口に出して言いました。
そして
もうひとつの気づきがありました。
愛する人・大切な人ゆえに
その人のすべてを理解しようとするがあまり
自分がまったくなくなってしまっているという構造です。
大好きで大切で理解しようとするがあまり
愛するがゆえに自分がなくなるというパターン。
自分がしっかり存在して愛するのではなく
まるまますべてを受け入れてしまう愛・・・
愛すれば愛するほど自分がなくなって苦しくなっていくという・・・
まず私がいて愛している。
それがわからなかった。
また無意識で
すべてを受け入れようとして受け入れて
いつのまにか自分がなくなって
自分を表現したくて苦しむ・・・
この構造の根源を探ってみたら
子供の頃、親のしつけが関係していると気づきました。
こうしなくちゃ こうしてあげないよ!
私の両極端の構造の根源はここにあると感じました。
親のことを愛するがゆえ
親の言うことを聞くことがすべてになっていく。
自分の意見は通用しない。
こうできなくても こういう解決法があるよ♪
なんて柔軟な発想はありゃしない。
こうと言ったらこう!
こうしなくちゃ親の愛がもらえない・・・
親のいうとうり、愛する人の言うとおり・・・
そんな根っこがあるゆえ
子育てでこどもにもそれを無意識的に求めていました。
こうなんだからこうしてよ!!!
でもうちの子にはそれは通用しなかった。
こうなんだからこうしてよ!!!
って押し付けるだけの愛には
そっぽ向いて知らんぷり
本当の愛を教えられることになる。
それはお互いの気持ちを理解しあうこと・・・。
ただそれだけ・・・
お互いのために
一人のためだけでなく
お互いのためにより良い方法を一緒に探すこと。
決してあきらめず。
探し続けること・・・
一人の意見を押し付けるでもなく
無理に意見をそろえるでもなく
お互いにとってより良い解決法をいつもいつも探すことに
焦点をあわせること。
そんなことに気がついたのです。
うまく話せたがどうかは
わからないけれど、
なんだか話したくなったのです。
聞いてくれてありがとね!
これからも失敗するかも知れないけれど
でもでも解決していけばいいんだから
そんな要素を併せ持つ自分を理解しながら
ゆっくりのんびりやっていきます・・・☆
愛する人と素敵な関係を築きたいから・・・
いつもいつもキラキラの愛で繋がっていたいから・・・☆
みなさんも愛する人たちと素敵な関係を創造していってくださいね♪
それでは・・・おやすみなさい・・・愛を込めて・・・☆
